ハイ!日本のみなさんこんにちは!J-POPファンはもちろんのこと、僕のような昭和歌謡世代をも虜にした魅力的な音楽情報誌「チャチャチャーミング」とはいったいどんな雑誌なのか?日本の音楽とどんな関係があるのか?このページに興味を抱く貴方へ「チャチャチャーミング」について少しお話したいと思います...

「SH…LISTEN」(涙のロンリー・ガール)—60年代アメリカの典型的なティーンポップシンガー「キャッシー・ブラッシャー」の歌うこの絵に描いたようなスィート・ティーン・ポップが、僕とシーラとの最初のビジネスだった。

この曲の日本盤はとても珍しい逸品であるにもかかわらず、僕は50枚のデッド・ストックを、問屋の倉庫でその昔(1988年に)発掘したことがある。それはその時点ですでに20年以上を暗闇の中で耐え忍んできたお宝の発見だった。(僕のプロファイルはこの際どうでも良いことだが...日本の片田舎でヴィンテージという屋号の廃盤レコード店を営むTeruと覚えてくれればOKです。)それ以後このレコードが僕のリストを通し多くのコレクターに喜ばれたことで、最も印象に残っているレコードのひとつとなっていたのである。

シーラはこのレコードをインターネットを通してアメリカから注文してきた最初の客だった。アメリカ人が、それも現代を生きる若い女性が35年以上も前のシンガーに、しかもまったく陽の目の当たらなかった曲に興味を持っていること自体が、僕にとっては興味深いものだった。しかし僕の彼女への興味は、彼女が送ってくれた彼女の雑誌「チャチャチャーミング」を見るに及んで、驚きへと変わったのである。その雑誌「チャチャチャーミング」は、僕の日本のポップ音楽に対する捉え方、見方、考え方を根底から覆すほど衝撃的なものだった。

彼女は60年代の良きアメリカのポップ音楽を愛する中で、それと同時進行していた日本を含む世界中のポップ音楽をも客観的に捉え、愛し、それぞれに受けた印象の的確な評価を「チャチャチャーミング」でぶちまけた!その内容は僕を驚かせるのに充分だった。我々日本人が日本のポップ音楽を語る時、いつの時代もアメリカ音楽の大きな影響があることを避けて通ることはできない。しかしアメリカを含む他国からの影響の中で日本人が独自のビート音楽を開花させた時代があったことを、ある意味彼女が指摘したのだ。

現在のシーラの趣向を日本の音楽に限って推測すると、日本人がカヴァー・ポップスとビートルズ登場の時代を通過し、初めてビート(ロックと言ってもいいかもしれない)を自分たちの音楽(歌謡曲)に取り入れ始めた暗中模索の時代に一番魅力を感じているようである。それは、同じように60年代をモロに感じさせる近年のパフィーやショコラへの思い入れからも充分に証明されることだと思う。

シーラと「チャチャチャーミング」は、この60年代を主体にした深遠なマジカル・ポップワールドに貴方を瞬時に招き入れだろう! 日本のポップ音楽にも正当な評価を与えるシーラの独自の観点は、あまりにもフレッシュ、あまりにもユニーク!

荻野輝夫 / Vintage Records